人間は、社会生活を送っていますと、多かれ少なかれ、大小問わず、辛いことや目を背けたいような現実にぶち当たることがあると思います。私も若いころは必要以上に思い悩む癖がありましたから、結構しんどい思いもしましたし、最近でもいろんなことがありました。ところが、仏教を知る前と後では、そういった時の心の回復力がまるで違うのです。そんなことで、私は、常々、「考え方が仏教的だと得するな」と思っているのです。そこで、今回は近年のエピソードとともに、このことについて触れてみたいと思います。
私は以前、本当に少しの間だけ、小さな美術大学の文化財コースで専任講師をさせていただいたことがありました。私も、就職したい一心で、よく調べずに着任したのが良くなかったのですが、中に入ってみると、私の知っている大学とは全く違う組織であることに気づきました。完全に家族経営で、理事長夫婦の恐怖政治のもとに運営されており、学生を集めるために高校生には大サービスをしますが、在校の学生達には、いかにお金をかけずに教育し、むしろどのようにお金を集めるかばかりを考えているような風潮で、とても学問に真剣に取り組めるような雰囲気ではありませんでした。それでも、せっかく頂いた職ですので、なんとか少しでも学生に知識を付けてもらい、生きるための力を身に付けてもらいたいと一生懸命取り組んでいたつもりでした。ところが、ある日突然、全く、身に覚えのないような理由で、いきなり非常勤講師への格下げを言われました。
後々、わかってきたことは、何か勢力争いのような状況が以前から続いており、私を採用した方の勢力が下降したため、その人が採用した私が邪魔になったということなどが原因のようでした。真相はいまだにわかりませんが、とにかく、非常に屈辱的で辛い思いをしたことを覚えています。
特にショックを受けたのが「小さい子供がいる」という理由でした。小さい子供がいるのは、最初から分かっていたはずなんですけどね。それでも、子供の発熱などを理由に休んだことなどは一度もなかったものですから、このような言われ方をしたことは、いまだに受け入れられません。というのも、私は、子供がいることで身に付けることができた多くのことが、学生の教育にも非常に役立つと考えており、子育て経験を含めて私のキャリアであると自負していたからです。
他の理由についても、あいまいで、誰が聞いても不当扱いであることは明らかでした。そこで、理由書の提出を求めたのですが、のらりくらりとはぐらかして、全く応じてもらえませんでした。その時の担当者は「理由書を出すとなると厳しい言葉を並べなくてはならなくなるから。」というようなことを言っておられましたが、おそらく、明確な理由がなかったから提出できなかったのだと思います。しかも、「訴えたりしたら、今後の先生のキャリアには先がないですよ。次の就職先から、どのような人であったかといった質問は良く来るものです。」などと言って脅されたりもしました。当時は、主人を含め、周囲の人たちが裁判には反対しましたので、結局、泣き寝入りのような形で終わったのですが、その後、なぜ、裁判をしなかったのかと攻め立てられたこともありました。
このような経験をして、しばらくは、とても心が落ち込み、やさぐれ、怒りがこみ上げては、はげしいくやしさを覚えたり、情緒が不安定な時期がありました。子供たちにもとてもかわいそうな期間を過ごさせてしまったなと思います。
その後、非常勤講師の連続雇用5年のルールによって、1年間、全く、専門の仕事をさせていただけない期間もあり、子供の保育園への提出書類の関係で、アルバイトをしていました。この時も、せっかく、頑張って博士号まで取ったのに、少し情けないなと思ってしまった記憶があります。
ところが、良く考えてみますと、私が、不当扱いをされた大学は、教員の個人的研究に関して非常に否定的で、できれば、個人の研究などはしないで、授業や学生に集中するよう求められていました。また、夏休みなど、授業のない時期でも朝9:00~17:30の勤務が義務づけられていて、全く研究する余地などなく、このままでは自分の研究は捨てなくてはいけないなと言う思いが心をよぎっていたことは確かです。ですから、どちらかと言うと、私はこの大学を辞めたかったわけです。おそらく、あの時の私の怒りや悔しさは、「自分のプライドが傷つけられたこと」、「身に覚えのないようないちゃもんをつけられたこと」、「安定した収入が急に閉ざされてしまうこと」の3点によるものだったのでしょう。
もちろん、この3点は大きな問題ですが、深く考えてみますと、最も重要なのは、私はずっとその大学で働きたかったのかどうかということだと気づきました。そして、私は、その大学で長く働きたいとは、全く思っていなかったということを思い出しました。ちなみにこれに気づくまでは1年もかかりませんでした。
この世界には諸行無常の道理がありますから、私が、突然、辞めさせられることがあっても、それは、至極当然です。別に、不思議なことではありません。しかも、あの時、辞められていなければ、今もあの大学にいたかもしれません。そう思うだけで、ぞっとします。つまり、あれは、仏の計らいであったのだなと心から納得しました。私は不当に辞めさせられましたが、辞めた方が良かったから辞める方向に計らいがあったのです。おそらく、よほど間違ったところに入ってしまったのでしょう、仏も少し荒っぽい方法で急激な方向修正の必要性を示してくれたのであろうと考えています。また、その時、痛烈に感じた怒りや悔しさや無力感はその後の私に強さを与えてくれたのも事実です。さらに、常に謙虚でいる姿勢も教えてもらいました。なんぼ、不当な理由とは言え、私の能力不足も否めない。もっと精進しなくてはいけないと思わせてくれたことは少なからず私の財産となることと思います。
しかも、その後、1年間、専門職を休んでアルバイトをしていた時期に三女を妊娠しました。幸い、アルバイトでしたから、出産を理由に辞めるのも簡単でしたので本当に助かりました。もし、あのまま、あの大学でいまだに働いているようであれば、三女は生まれていないかもしれないと思うのです。だって、「小さい子供がいる」ことをあんなに毛嫌いする組織ですから。もはや、三女がいない人生なんて考えられない私にとっては、想像するだけで悪夢のようです。
同業者と大学を辞めさせられた話しをする中で、「めったにできない経験ができたよ」と言いましたら、「めったにできないかもしれないけど、しなくて良い経験ですよね」と言われてしまいました。その時は「まあ、そうかもね」と答えましたが、私は、むしろ、犯罪以外に経験できる機会をいただいたことは、それなりに自分に必要だから経験するのだろうと思っています。ですから、多分、した方が良い経験だったのだろうと思います。私は、寺族ではありますが、在家の人間ですから、中々本格的な修行を行うことはできません。ですが、生きている中で目の前に起こる辛いことを仏教的に乗り越えることこそ、在家の環境でもできる修行ではないのかとも考えています。貴重な修行の体験をいただいたと思えば、対して大きな問題でもないのです。なんせ、私は死んだわけではありません。今、こうして生きていられていられて、さらに、三女を設けることまでできたのですから、本当にありがたいことです。
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