2020-03
自分のことが好きな人に~自分を大切にするためのセオリー~
正しい見方
つい、先日のことです。私は、急にひどい腹痛に襲われました。…その時、はっとしました。私の見方は辺見だと思ったからです。…偏見ではありません辺見です。とは言え、意味はほぼ同じで「偏った見方」ということです。…仏教は中道の哲学ですから、こういう、極端な偏った見解は間違った見方だとするのですね。…片方の辺に寄っている見方は間違いなのです。
ちょうどよい塩梅~子育てには中道が大事~
お釈迦様のお悟りというのは、とても興味深いものです。...お釈迦様はこの中道をお琴の名手の方に説明する時、お琴の弦に例えられました。お琴の弦は張りすぎていても、緩すぎても良い音が出ません。張りすぎず、緩すぎない、ちょうど良い度合いを保つと良い音色を奏でるのです。ちょうどよい度合いを保つことが大切なのです。親子もちょうどよい見守りと距離感を保つことで良い音色が奏でられるものなのかもしれません。
仏様への信頼~自灯明、法灯明の活用~
こういう時、私は「お母さんは人間だから、時には間違ったことも言うかもしれない。でも仏様は間違わない。納得できない時は自分の心の中で仏様に聞いてみなさい。」と子供に言います。そして、これは、ある種、子供自身の判断力を育てることにもなると思います。… 心の中で仏様に聞くということこそ、実生活に即した実践的な自灯明、法灯明そのものですよね。そして、子供の時からできることです。
へその緒を切りたい
いざ、赤ちゃんが出てくるとなったときの長女の様子は、もはや異常行動でした。私は陣痛中ですから、鮮明には覚えていないのですが、母や助産師さんがあきれ果てて、色々と報告してくれました。… 先生が「さあ、へその緒はお父さんかな?」と言った瞬間に、ものすごい勢いで手を挙げた長女。主人の前に回り込み「はい!はい! へその緒は私です!!!」と名乗りを上げたわけです。
母と言う仕事のあるべきようは
私は、何もかも中途半端で、良く落ち込みます。... 娘たちが帰ったあと、産後で不安定だったのもあるかもしれませんが、しばらく泣いてしまいました。そして、その時、思い出したのが日本の明恵上人という方が語った「あるべきようは」というお言葉です。... ところが、その時はまるで今の私におっしゃっているようだと直感的に思ったのです。
何で今年なの?
一切皆苦という出発点
さて、諸行無常の記事を書きながら思い出したのですが、私が初めて仏教の言葉に心をつかまれたのが、諸行無常ともう一つ、一切皆苦でした。… この記事的に、もう少し限定的に言うと「本当、子育てって思い通りにいかないですよね。」ということですね。諸行無常の考え方よりは救いの可能性は低いかもしれませんが、思い通りにいかないのが、当たり前なのですよと納得するためには非常に優れた考え方だと思います。